【肩に槍が突き刺さったような痛みを感じる  線維筋痛症の女性へのヒーリング⑱】 

次の日、8月10日(金)は
Cさんが帰る日だった。



ミツさんが、なぜ
いなくても成立したのか?

それは、勇気さんがいたから。



実は、ヒーリングにも順序があって、
ゼロから100までを

1人のヒーラーが担うことが
ベストではないときもある。



そういう意味では、前里光秀研究所は
組織としての強みがある。

それぞれ、いろいろな
強みをもったヒーラーがいるからだ。



勇気さんは、前日に引き続き、
Cさんをヒーリングしていった。

その中には、ミツさんが開発した
アストラル体からの

ヒーリング治療も入っていた。



勇気さんの仕草に反応するように、
目を閉じたCさんが揺れていた。



その後、話しながらヒーリングをしていく中で、
Cさんは何度も笑っていた。

そして、「凄い…!」と
何度も何度も言っていた。

さらには、ミツさんより相性がいいかも
とまで言っていた。



「流れがあるからです」



あくまでも、ミツさんがつくった
ヒーリングの流れがあるからだ

と勇気さんは言っていた。

つまり、ゼロからつくりあげることは
とてつもなく大変だと。



勇気さんの謙虚さと気遣いと癒しが、
何度もCさんを動かしていた。



病気を完治させ、今度は
人の病気を癒やしてあげたい。

そう言うCさんにとって、
勇気さんは希望だった。



「ヒーリングの勉強もしたいです」



娘さんのMさんとともに、
はやく病気を完治させて

ヒーラーになりたいという。

病気の痛みを知っている人だから、
できるヒーリングがある。

それは、素晴らしいに違いない。



また、このような痛みの緩和や
病気の治療。



研究所で学んでヒーラーとなった
お客様にも続出している。

そんな具体的事例をいくつも話すと、
さらに驚いていた。

個人差があれど、誰でも
望めばヒーラーとなれる。



実際に、ヒーラーになるには
方法は決まっている。



決意する、やり方を学ぶ、
もちろんそれもある。

しかし、本当にポイントは?



誰が教えるのか。



意外に現役ヒーラーが
その技術や思考体系を公開する

ヒーリングワークを教えている場所
というのはなかなか存在しない。



前里光秀研究所は、
まさにそれをやっていると。

それには、会社に流れる
アイデンティティーとしてある「教育」

教育業が母体の会社だから、
ヒーリングもひとつの教育だと。



だから本人の意思があれば、誰でもできる。



それが、前提条件だ。

そこには、神様はいないし、
宗教も存在しない。



教育で、人は変わる!



それこそ、だった。



最後のヒーリング後、
Cさんは今までで最高の笑顔だった。



勇気を出して、本当に来てよかったと
何度もお礼を言いながら帰っていった。

その笑顔も、所作や動きも、
すべてがまったく別人だった。



たった1週間弱で、
Cさんは別人のようになって帰っていった。