「心配症という心配はない」 




ある相談者の方のお話です。



心配性でどうしても思考の中からそれが消えない。
心配の思考が邪魔をして、行動がなかなかできない。

それ自体がストレスになっている。


そう考える方は多いかもしれませんね。


だけど~!!


人には集中力がある。
だけど、ない。


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コレ大事です。



実はどれだけ心配性でも、
24時間365日心配し続けられる人はいません。

それだけの集中力を持っている人はいません。

もちろん否定ではありませんよ。
普通のお話ですね。


ということは、心配症という概念自体が、
気のせいという領域かもしれないんです。



話は変わります。
人の恨みや妬みってありますね。

人からの恨みや妬みの思いが自分を苦しめているんだ!

または、

自分は人を恨んだり妬んだりするダメな人間なんだ!


っていうお話ってあると思うんですけど、
実はこれも同じ。

それをずーっと持ち続ける集中力ってないんです。
もちろん人間なので、いろんな感情が出ます。
良いも 悪いも 出ます。

それはそれでいいんですよね。

悪い感情でも、ある意味では人生のスパイス、エッセンスのようなもの。
その悪い感情を永遠に持ち続ける方が難しいのだから、
そんなに気にすることはないということですね。


もちろん中にはものすごい集中力でそれを持ち続ける人もいます。
稀ですが不可能ではないのです。

要するに集中力がすごい!ということです。
一方があればもう一方もある。

だから、そういう人は「良い」にも強く継続できる集中力を持っているということ。

ただし、それに気づくかどうかは人との出会い次第ですね。
気づかない 場合は一生気づかないです。

でも気づけば人生の多くの時間は好転します。


さらにお話を続けます。


最近僕の母親があることを言いました。

「○○さんは人の悪い念のせいで、最近身体の調子が悪い。」

だけど、さっきも書いたように、
その○○さんにずーっと悪い念を送り続けることができる人って・・・
ほぼいないんです!

ちょっとはあったかもしれない。
だけど、1ヵ月のうち、1年のうち、数日です。
もっと言えば数分かもしれません。

みんな忙しいですからね♪



さらに続けま す。



実はそのちょっとがあったとしても、
人は人の念の影響なんて受けないんですよ。


人の念よりも、自分の心のが強い!


もし念を受けてしまった・・・

と言うなら、それは悪い念を受けてしまったということを、
強い心を持って決めた!ということです。


念をはね返すとか、寄せ付けないとかでもなく、
心が決めるか決めないか。

それだけシンプルで、それだけ強いんですね。



みんながそれを持っているので、
それの使い方・・・ も知っているので、
あとは、 何に使うかを決めるということになりますね。

だけど、決めるのが一番難しい。





それでは