思考なき人 


「選択肢・無制限・思考」↓ 2013年8月のブログ記事です。
http://maesatomituhide.blog.fc2.com/blog-entry-292.html



約2年半前に書いたこの記事が好きです。
自分で書いといて(笑) なのですが、お許しください。

この記事のポイントである「思考」
この概念はさらに大きな意味を持っています。

「思考」

この言葉は、一見難しい行為のように感じます。
しかしそうではない。
「思いを考える」と書くこの言葉は、優しさの宝庫です。
「思い」はおおよそ「人」のためにあります。

①「自分を思う」
②「あなたを思う」

①の違和感からもそれがわかります。

「人を思う」

これだけでも神聖な響きであり、
完了でもいいのではないかと思えるほど。

だって、「人を思う人」は、おそらく人の為に何かをする。
本物のその行為は「幸せの決定」でもあり、
誰かの幸せにもつながるのだから。

しかし、「思考」はそれを超えます。
「人を思う」という行為を、「さらに考える」のです。

「ちゃんと人を思えているか」
「もっと良い思い方は?」
「思いの数は足りているか」
「ずーっと思えているか」

それを考え続ける。
むしろそれで悩むくらいに 笑
もしこんな人を見つけたら、動画を撮ることをオススメします!

ただし、実はこれは普通。
普通中の普通です。
これは、そう思って欲しいという願いでもあります。
実は普通でも十分です。
だけど、普通を低評価する人は普通では嫌です。
それ以上でありたいと思う。
ちなみに「普通を低評価する人」は、個人的に好きです♪

それでは、普通以上に「人を思う」には・・・?

それは・・・

「自分を思う」です。
矛盾を感じるかもしれない。
だけど「自分を思う」です。

「自分を思い尽くす」

これにはパワーが必要です。

自分のことだけを考える事とは別物。

自分は何をしているのか。
自分はどう生きているのか。
自分は何ができているのか。

自分は何をしたいのか。
自分はどう生きたいのか。
自分は何ができるのか。

・・・。


ここは悩むべきポイントです。
悩むほどに自分を思うことができる人はほとんどいません。
それにはパワーがいるし、心地良いものではないからです。
そして僕は昨日、悩むことを決めた素敵な人に会いました。
でも、自分を思い尽くすということは、結果「幸せ」です。

そして、幸せなあなたは、必ず「人を思う」

自分を幸せだと思えないまま、
「人を思う」ことは不可能です。
人を笑顔にすることは不可能です。

本当にできない。



子供の頃によく言われた、
「もっと人のことを考えなさい!」

これは

「もっと自分のことを考えなさい!」
という意味です。

「自分を思い大切にして最低限幸せになりなさい!」ということ。

「そして、その上で人を思い幸せにしなさい!」なのです。



もし大人になったあなたに

「もっと人のことを考えなさい!」
「もっと自分のことを考えなさい!」

というようなことを言ってくれる人がいるなら、
あなたは自分を思い、幸せになろうとしているのかもしれません。

そして本当に誰かを幸せにできるのかもしれません。

それでいいのです。

自分で自分を思い続けることが難しいなら、
他の力をかりれば良い。
誰かに教えてもらえば良い。
だって僕たちは、生まれた時からそうやって生きてきた。

「それでいい」のではなく「それがいい」
そして本当は「それしか方法はない」
自力では難しいからです。
ただし、誰かに教えてもらったのなら、
最低限幸せになるという約束は守る。
それが最大のお礼です。







人は決して無力ではない。




ただし、思考なき人は、無力です。


思考なき人は、無力です。





ゆきぃでした!

またね(^-^)/